特集

読者からの反響続々!

涙が止まりませんでした。心が動かされた場面にはいつも、富永さんが誰かと正面から向き合っている姿が描かれていました。どんなことでも正面からしっかりと向き合っていこうという力をいただきました。(26歳 女性)

他に類を見ない自伝。一気読み。背筋が震えた。身体の芯から力が湧いてきた。いやはやスゴイ本だ。今年読んだ本の中で一番! 二度読み。感動に涙が溢れた。(42歳 男性)

感動しました。私も母子家庭で育ち、自分の存在を無くした方がいいのでは、と同じような感情を持っていました。この本を読ませていただき、なんとも言えない嬉しさが湧いてきました。これからもお身体に気をつけて活動してください。ありがとうございました。(29歳 男性)

読み終えて最初に浮かんだのは両親の顔と昔の記憶だった。ごく普通の家庭に育ち、ごく平凡な人生を送ってきた。冨永愛と真逆の人生だ。でも、そんな平凡な人生がいやになっていたのだ。この本を通じて、読者は、自分の中の過去と、そして大切なものはなんなのか、冨永愛と共に探していく経験をするだろう。人によって気づくことは違う。僕にとっては、家族の大切さだった。(28歳 男性)

涙が止まりませんでした。愛がほしいのに素直に言えない。どこにも居場所が見つからない。あまりに私と似てるから。(29歳 女性)

胸が痛くて、泣きながら一気に読みました。でも今は穏やかで幸せになられ、お父様にも会えて、本当に良かったです。自分のことのように嬉しいです。ずっと応援させていただきます。こんな正直で素晴らしい本を出版してくださり、心から感謝しています。(70歳 女性)

これはまさに、実写版「アナと雪の女王」だ。幼少のころの彼女は、自分以外の何かになりたかったんだと思う。背が高い自分。母に愛されない自分。父がいない自分。ファッション業界で生きる自分。本当は愛したいのに、息子を愛することができない自分。みんな好きになれなかった。しかし自分が本当に欲しかったものに気づいたとき、彼女は変わる。それこそが愛だった。ありのままの自分を愛する愛だった。(23歳 男性)

芸能人の本だと思って読むと、いい意味で裏切られる。もはやこれは一級の文芸書。(42歳 男性)

多くの気づきと、そして勇気をもらいました。人はその見た目ではわからない、それぞれの苦境を乗り越えてきていること。「孤独」は、自分だけが感じているわけじゃないということ。「孤独」と感じていても、実は自分を心から愛してくれている人がいること。そして、これからどんなに辛いことがあっても、乗り越えた先にはきっと青空が待っていること。この先耐えられそうにない悲劇に出会ったら、この本を読み返し、勇気をもらおうと思います。きっと世の中のすべての女性の心の支えになることと思います。冨永愛さんに感謝の念でいっぱいです。(25歳 女性)

正直、冨永愛さんにも、芸能人の自叙伝や暴露本にも興味がなかった。だから、「泣ける」という前評判にもかかわらず、疑問に想っていた。そして、読んだあと、それは見事に裏切られた。これほどまでに、自分の人生についてじっくり考え直す本があっただろうか。自分のこれまでの挫折、失敗、後悔を、肯定的に受け止めさせてくれる本があっただろうか。そして、両親への感謝の思いに、気づかせてくれた本に。(25歳 男性)

「愛なんて大っ嫌い」という愛にあふれた本。冨永愛は、コンプレックスのデパートだ。気がつくと、このコンプレックスのデパートの棚卸しに、引きつけられている自分がいる。それは、程度の差こそあれ誰もが経験するすべてを一身に背負っていたのが冨永さんだったからだ。この本に、冨永愛はいない。そう思わせるほど、本書を読み終えた今、いたるところに冨永愛があることに気づいた。(31歳 男性)

読み進めるごとに、ある章ではまるでテレビドラマのようだと感嘆し、ある章では痛みを自分のことのように感じる。「そして今、わたしはしあわせです」ラストの飾り気のない言葉は特に胸をうつ。衝撃的な「殺してやる」から始まった本が「しあわせ」で終わる。同世代を生きる女性として、回り道をしていいし、希望を持ってもいいんだよという愛さんからのエールに聞こえた。(33歳 女性)

テレビに出た時から、愛ちゃんの顔、態度、やる事なす事が大好き。私と同じく、名前に愛がつくからかな? 本に書いてあるような事を感じさせない明るい性格が大好きです。頑張ってね。(74歳 女性)

この本を読み終えて、息子の事を思い浮かべました。離婚して以降息子と会う度に、「果たしてこの選択は息子の人格形成にどう影響するのだろうか」、「この選択により息子の生活環境に悪影響を及ぼすのではないか」と考える事があります。そして、私自身が息子にとってどのように映っているのかなども。そのような中で彼にどのように接していくべきか、また、彼にとって望ましい状況を作る為に私自身がどのように生活していくべきなのかなどと日々考えておりました。幸いにもこの本を読む機会をもらい、本を通じて冨永さんの半生やその時々の感情、そしてそれらを経験した上での冨永さんの心情に触れさせて頂けた事で自分の中での答えを見つける事が出来ました。冨永愛さんのご活躍、息子さんとの輝かしい未来を陰ながら応援させて頂きます。(34歳 男性)

前を向いて歩いていこう、そんなメッセージを伝える本が多い中、後ろ向きのときにだって本気で歩いてみろ、そんなメッセージを、この本から受け取ったように感じます。「まっすぐ」それは、諦めることを拒否し続けた者だけが使える言葉。この先窮地に立たされたとき、自分が、最後まで握りしめなければいけない言葉。携えつつ、歩いていこうと思います。(27歳 男性)

32歳の愛さんが次のステージへ進む決意を強く感じました。これまでは復讐という気持ちを力の源にして生きてきて、成功した愛さん。これからは仕事、家族、子供との関係でまだまだいろいろなことが待ち受けているでしょう。そんな中で「ありがとう」という感謝をテーマにしていくという気持ちが感じられました。愛さんはまだ若く、人生これからです。良いことも、つらいことも、たくさん待ち受けていることと思います。それをどう乗り越えていくのか、応援していきたいです。(48歳 男性

「Ai」を読んで、冨永さんの印象がガラリと変わった。パリコレのスーパーモデル、東洋的な切れ長の目、日本人離れしたスタイルに恵まれて羨ましいと思っていたが、テレビや雑誌でみる「冨永愛さん」は、どこか冷たい感じがして好きになれなかった。「Ai」は、そんな私のなかのイメージをゆっくり氷が溶けるように溶かしてくれた一冊です。(47歳 女性)

冨永愛は、最初から強い人間なわけではない。しかし弱いまま、ずっと誰かを憎んだまま生きていこうとしているわけでもないのだと。私は、彼女が持つのものは「静かな強さ」だと思った。昔の彼女が持っていたような、憎しみを伴った激情的なものとは違う。もっと力強くて、優しくて、すっと芯の通ったような強さ。「悲劇であればあるほど、わたしは、強く生きることができる」と彼女は言う。彼女のそのまっすぐな文を読んで、本を閉じたとき、明日も頑張ろう、と自然と思えた。(25歳 女性)

失礼な話なのだが、別に家庭がどうとか、いじめがどうとか、東洋人だからどうとか。そんな“ゲーノージン”にありがちなように思えてしまうエピソードに感動した、ということはない。ただ、彼女が、結局それをすべて力に変えて生きていること。少しでも幸せになろうと、もがき、強く進もうとしている姿に、人間臭さを感じた。(28歳 男性)

一文字で「愛」という字を書くのはカンタンだ。だが彼女にとっての「愛」という文字には、”親子の愛”のような美しくて暖かい面もあれば、時には身も心も抉るような傷をつける、そんな側面もあった。彼女はきっと「愛」という名に縛られ、もがき、闘争し、遂にその呪縛を越えた先に足を踏み入れたのだと思う。彼女はついに「名は体を表す」人生をスタートされたのだなと思う。「愛」に溢れた次のランウェイを歩んでほしい。(26歳 男性)

一気にスーパーモデルにまで上り詰める原動力となった「怒り」のエネルギーに、ただただ圧倒された。そんななか、ほっとしたのが、「第8章 母と息子」。母としての冨永愛は、寡聞にして知らなかったが、すごく救われた気がした。そして、「怒り」から解放されたいまを「しあわせ」と語っていることがとても象徴的だった。(40歳 男性)

全体を通して、冨永さんの原動力は「怒り」だとされていましたが、私はそれはすべて「愛」だったのだと感じました。愛情の反対は、無関心。怒りがあることは、愛があること。ひとそれぞれに「愛」の形があると気づかせてくれる一冊でした。(32歳 女性)

「小学校4年生」、そこに引っかかってしまった。自分の息子と同じで年齢で、私自身は、ちゃんと子供と向き合えているのか、子どもの気持ちを聞けているのか、と疑問になったのだ。「そして今、わたしはしあわせです。」。その最後の一言は、「これからも戦い続ける」宣言のようだった。過去のことを力に変え、終始前を向いて進んでいく力強さに圧倒される1冊だった。(40歳 男性)

孤独の中で、母と家族の境遇と自分の身体を恨み、もがき苦しむ自分の理解者を求めて彷徨い、苦しみ、悩み、そして、モデルという仕事を通して自分探しの旅に出た冨永愛さんを感じた。自分が生きていくために子どもが欲しく、必要ないから離婚したという尋常ではない自己中心的生き方も、彼女の歩んだ道を文章を通してトレースしていけば、立派な選択だと腑に落ちた。母の愛を感じ、父親の愛を知らない彼女が、自分に無いものは無く、あるものはあるという現実を受け入れ、自分と向き合いながら前に進む姿は美しいと思う。私はこの文章を読んで、何度も泣いた。それは、同情や哀れみからではなく、冨永さんへの共感からだった。(48歳 男性)

最後まで読んでも、彼女のこれまでの人生が、幸せであったのか、不幸であったのか、はっきりとわかりません。というよりも、読む側の人間のこれまでの人生によって、その判断は変わってくるのだと思います。ほんの5年後、自分が彼女の年齢になった時に、この本をもういちど読んでみて、どう感じるのか、大いに興味が湧くところです。いずれにしても、彼女のこれからの人生は、苦労はあっても幸福が約束されているのではないでしょうか。息子さんが彼女とともにいてくれる限り。(30歳 男性)

本書において瞠目すべきは、したがってその「凄絶な過去」からの「起死回生」というありがちなストーリーよりも、冨永のその無反省なまでの怒りそのものではないか。あらゆる不条理に対して一切迎合することなく、猛烈な怒りのエネルギーによって誰も手が届かないような高みへ高みへと上り詰めていく。冨永はそうして不条理を乗り越えた先に、紛れも無い彼女自身の「青春」を獲得したのだ。だからこそ彼女は、憎むべきモデルの世界に自らの居場所を見つけた。世界が彼女を「ビューティ!」と熱く賞賛したのもまた、おのれの怒りに忠実に生きた彼女の生き様に「美しさ」を認めたからだろう。冨永愛は怒る。とにかく怒る。そしてそれによって冨永愛は冨永愛であり続け、美しく生き続けることができるのだ。(25歳 男性)

モデルを継続しつつ、息子を引き取り、その後、スーパーモデルの引退宣言をし、息子との生活重視へ移行しますが、父親役、母親役、どちらも頑張ってこなそうとしたためか、息子さんが家庭の温もりも味わえていなかった事に気付かされた時のショックは大きかった思います。冨永愛さんの場合は、子供時代の恵まれない家庭の境遇が、職業の選択や結婚、出産、離婚と自然の流れに乗り、人生が進んでいるように感じられ、子供時代の生活環境の大切さを痛感させられたとともに、子供時代にどんな生活環境でも、頑張れば、逆境を乗り切ることが出来るということも教えられました。(43歳 男性)

冨永さんがとてつもなくひどい思いを味わった経験を吐露し、感情を露わにし、闘いを共有し、今に至るまでの道筋を記したことは、読む人に大きな勇気を与えてくれた。誰もがもつコンプレックス、理不尽なことへの怒り、生きる上で必ず直面する心の葛藤に対して真摯に向き合うことを教えてくれた。これはもはや「冨永愛さんの自叙伝」ではなく、リアルな感情を持つ生身の人間の人生を通して、読む人に自分と向き合わさせる内なるエネルギーに溢れた本である。(24歳 女性)

私も、高校生だった当時、単身渡米してモデルとして活躍している冨永愛ちゃんを知って、憧れた。本書の中でも紹介されている、VOGUEの制服姿でルーズソックス姿の写真だったと思う。オリンピックで金メダルを獲った後、引退を決めるスポーツ選手のように。そして、愛ちゃんの原動力だった怒りがいつしか浄化され、強さだけが残っていく様に、私も一緒に癒されているのを感じた。そこからは、母と娘、子と母、父と娘…ばらばらだったものが、パッチワークのように少しづつ修復されていく様子に、愛ちゃんがずっと求めていたものが満たされていく様子に、取り立てて共通点もないのに、なぜだか泣かされていた。(32歳 女性)

結局、他人に向けた怒り、自分に向けた怒りは、どこで解消されたのか、有名になったら他人を見返すことができるのか、それができたら、怒りは収まるのか、この辺りについて、もう少し知りたかったという思いはありますが、ノンフィクションとして面白く読む事ができました。愛さんには、今後はご自身と息子さんの幸せのために、幸せなお仕事をしていただきたいと思います。さらなるご活躍をお祈り申し上げます。(39歳 女性)

最も印象的だったのは引退してからのこと。「生まれてこなければよかった」なんて我が子に言われたらもうどうしていいか、私ならわからない。何もできないかもしれない。でも彼女はそれを受け止めた。全身で受け止めた。あきつぐくん、受け止めてくれるお母さんでよかったね。知ってたんだよね、ちゃんと応えてくれるって。今までもたくさん愛情を感じていたんだよね。 だから、足りないかもしれないけれど、子どもがなんでも言えるような母親だったからまだまし、細いかもしれないけれど「絆」は結ばれていたんだからよし、と少しは自分をほめてあげてほしい。(41歳 女性)

本書のなかでも、とくに私が好きだったのは、欧米人が抱くアジア人のイメージをぶっちぎり、エージェントの意見も無視して、突然“金髪に赤い口紅”に変身したところ。「モデルなんて私じゃなくたってなれる、代わりなんていくらでもいる」と言っていた彼女が、自らの意志によってなりたい自分になり、ついには「エクスクルーシブ」をつかむ。そして自分らしい幕引きをする。なんてかっこいいんでしょう!輝くファッションショーの裏側で彼女が挑んできた戦いからついには解放され、ついには自分を見つけたとき、今度は「ほんとうの冨永愛」の大舞台を見てみたいと、強く思いました。(33歳 女性)

愛さんを突き動かし、モデルとして成功させた“周囲への怒り”。それがなければ生きていけなかった。でも、その憎悪や不遇な環境さえも「全部、必要なことだった」と納得し、しあわせを実感する場面では、愛さんの強さと息子への愛を感じ、涙が止まらなかった。私にももうすぐ息子が産まれる。愛さんのように強く向き合っていけるような親子関係を目指したいと心から思った。(33歳 女性)

世界トップモデルの自叙伝と聞き、「華やかなモデル業界の裏側が見えるのかなー」と軽い気持ちで読み始めましたが、大間違い。そこには、冨永愛さんの意外な人生がありました。冨永さんと父親の関係、そして母親との確執。近づけない距離。やはり育ててくれた人によって、人生は変わります。私を育ててくれた両親に感謝。(40歳 女性)

「なぜ私だけが皆と違うのか・・・・」冒頭の物騒な言葉はその悲しさを埋めるための著者の呪文のように思えてなりません。何とも壮絶な人生ですが、これもまだ半ばのこと。これからの人生を我が子といかに幸せに過ごしていこうか、希望に満ちた未来に向かう著者の成長がすでに約束されているように感じました。(55歳 男性)

愛なんて、大っ嫌い! と、彼女は言う。愛は愛と戦い、I を探している。そうだ、すべてが哀に満ちていた。そんな哀を吹き飛ばすかのようにこれからも彼女は歩いていく。我々はそんな冨永愛に、いや、そんな冨永愛だからこそ、惹かれ続けるのだろう。(26歳 男性)

自分の生い立ちとファッション業界への憎悪と復讐心に燃えていた十代の頃も、冨永愛は全力で人生を生きていた。その頃から今日までの、人生のすべてを愛せるようになったことが語られている終章を読んで、私も深い安堵を覚え、彼女の壮絶ともいえる半生が愛おしく感じられた。これからはより身近なひとりの人間として、彼女を見ていけると思った。(56歳 男性)

この本で伝えたい「冨永さんのメッセージ」は多くの人に共感できると思う。誰だって人に愛されたいし、愛してあげたいと思っている。でも、自分の感情とは「別の自分」が「境遇」が「社会」がそれを引き離そうとしてくる。みんな抱えている問題。みんな色んなものを背負って、必死に闘っている。トップモデルの冨永愛さんという人間と普通のサラリーマンの自分という人間がこんなにも共感できるなんて。なんだか嬉しく思えてくる。全国の「冨永さん」(同じ悩みや境遇を経験した人)にこのメッセージ(本)を伝えたい。(27歳 男性)

自分に力があると信じて、もともと備わっているとして、すべての戦う人の背中を全力で押す一冊。読めばきっと、心に火がともる。負けるもんか。(35歳 男性)

自分のまわりの世界を見た時に、不幸だと思うことを数え集めることではなく、周囲の優しさや幸せだと感じることを集めることで、人はより幸せになっていくと感じますが、私も冨永さんのように自分のまわりの世界に今ある優しさに気付いて、幸せを感じられる自分でありたいと思いました。(31歳 女性)

読んでいるなかでふと疑問に感じたことがあります。それは、コンプレックスを感じている人間は世の中に星の数ほどいるのに、冨永さんのように負の感情を糧にのし上がれる人とくすぶり続けてしまう人がいるのかということです。思うに、両者を分けるのは、その人の心の強さなどではなく、結局「環境」なのではないでしょうか。『愛なんて大っ嫌い』は冨永さんの壮絶な自叙伝であるとともに、いま置かれている環境へ疑問や不安を感じている人、コンプレックスを抱えている人に一番読んでほしい書籍だと思いました。(25歳 女性)

周囲を見渡しても、「母のようにはならない」が生き方の基盤になっている女性は多い。ところが、実際は「母のようになっている人」がほとんどだ。冨永さんが辿り着いたところと同じように、どんなに母親を否定しても、いずれは母親の気持ちを誰よりも理解してしまうのが、娘なのかもしれない。三十歳になった自分の微妙な変化に抗いながら、私は生きている。(30歳 女性)

モデル、といってもほとんどテレビタレントの「読モ」とは違って、親しみやすさ、プライベートの切り売り感からはるかに遠いところにあるスーパーモデルは謎めいた存在でなくてはならない。そこらの隣にいそうな可愛い子ではつとまらないのだ。冨永愛が、モデルとしてではなく、初めて言葉で話し出した。そこにあるのは、「ぶっ殺してやる」という言葉の通り殺意といえる復讐の感情だ。すべてを焼き尽くさんばかりの炎のような復讐の感情は、読む者の気持ちを粟立たせ、凄惨な記憶を追体験させて、強引に冨永愛の前半生の同伴者にしてしまう。読後に気づかされるのは、東洋人スーパーモデルとしての黒い瞳の奥に、血反吐のような赤い炎がこびりついていたことだ。「この人は何者なんだ?」という問いに、ひとつの答え見出すことができる。(45歳 男性)

この本を手に取る人は、モデル「Ai」のファンであり、タレント「冨永愛」のファンが多いだろう。だが、読み終わる頃には、壮絶な人生を生き抜いた女性として冨永愛を見つめなおし、自分の人生を生きるための指針とするにちがいない。赤裸々に語られた冨永愛の人生は、読者にとって「愛」とは何かを気づかせる。そしてようやく、彼女自身もその名のとおり、多くの人を愛し、愛されるのだろう。(26歳 男性)

正直なところ「タレント本」はあまりというかほとんど読んだ経験がなかった。でも、この本は小さいころに父を失った私も共感できる面が多々あった。「子にとっての親って大事だな。」 私の感情である。冨永愛さんは常にお子さんができるまで主観で生きて、それを貫いてきた。だが、明らかに本書の後半からお子さんの目線での辛さや、愛について語られる部分が目立つようになる。愛を嫌い求めた冨永愛さんは、子と親の間の愛にはかなり敏感なように思えた。(29歳 男性)

「そういえば、こんなこと思ってたなあ」10代までは多分ずっと心に持っていたはずの気持ちを、気が付かないうちにどこかへ置いてきてしまった感情を、冨永さんの自叙伝のおかげで思い出すことが出来ました。この本を手に取る人たちが、彼女の人生を通して、自分の中の忘れていた感情を取り戻すことが出来れば、と願います。(21歳 女性)