商品詳細

こころ歳時記

こころ歳時記

紙の書籍
価格: 1,944円(税込)
  • 発売日2012.10.27
  • ISBN978-4-7993-1230-8
  • ページ数232P
  • サイズ四六変形/上製 /

商品概要

日本古来の行事と暮らしを、吉元由美の情感溢れる文章と片岡鶴太郎の美しい絵で綴ります。

商品説明

あらためて味わいたい、四季のある美しい国に生きる幸せ。
日本古来の行事と暮らしを、吉元由美の情感溢れる文章と片岡鶴太郎の美しい絵で綴ります。

なじみ深い「お正月」「ひな祭り」「端午の節句」の本当の意味は?
「蓬摘札」「芒種」「蟋蟀在戸」とは?
知らなかった日本に出会える本。

また「美しい日本の言の葉」として、「お陰さま」「心尽くし」など著者の愛する日本語も紹介している。

・オールカラー 232 ページ
・初版限定 2013 年特製「月暦」つき

(「まえがき」より)
四季のある美しい国、日本。散りゆく桜の花のはかなさに美しさを見いだし、五穀豊穣を願いながら稲を植える。夏の暑さを打ち水、風鈴、氷、簾(すだれ)と、涼やかさを五感に働きかけてしのぐ。そして秋は収穫の喜びと感謝を田の神に捧げ、来るべき年の平安を願い新年を迎える支度に励む。一年を通して、現代を生きる私たちに伝えられてきたさまざまな行事やおまつりごとがあります。そこには、自然と共にあり、自然に生かされている人間の祈りと、自然から学んだ知恵があります。お正月、節分、雛祭り……今ではイベントのようになってしまった行事の深い意味を知っていくと、それらが『神事』であることがわかります。

私たちはふたつの時間を生きていると言います。ひとつは、生まれてから死ぬまでの直線的な時間。そしてもうひとつは、春夏秋冬と毎年繰り返されるサイクルの時間です。直線的な時間とサイクルの時間。私たちはサイクルの時間の中で、直線的な時間を生きているのです。そしてもうひとつ言うなら、直線的な時間を終えた私たちの魂は、直線もサイクルも超えた永遠という時間の中で生き続けるのかもしれません。

サイクルの時間の中に生きている私たちは、同時に私たちの中にもサイクルの時間を内包していると言ってもいいでしょう。季節によって私たちの身体も変化を起こします。それに逆らうようなことをすると、身体を壊します。ですから、その季節にはその季節を過ごすような生活をすることが大切だと思います。たとえば、冬には身体をあたためる野菜を食べる。今は冬でも夏の野菜が手に入りますが、冬に夏野菜を食べると身体を冷やし、体調を崩す原因になります。

先人の知恵や風習を、「科学的でない」「迷信にすぎない」と一蹴する風潮もあります。でも、どんな科学や、進歩的な技術をもっても自然の力には敵わないということを、私たち日本人は痛いほど体験しました。自然と共に生き、自然に生かされているということ。時に荒ぶる自然は、人間に何を問いかけているのでしょうか。

季節の流れを私たちの身体と心にもう一度取り戻すこと。そして先人たちが遺した知恵と日本の文化を味わうことで、新しい視点が生まれるでしょう。今まさに、自分自身の、そして日本人としての生き方を考える時期を与えられているのだと思います。

日本古来の風習を生活に取り入れてみると、それが実に理にかなっていることに驚きます。二十四節気、雑節は、先人たちの観察眼と自然科学に対する知識の賜物と言えましょう。おまつりごとには、私たちの命を支える五穀豊穣への祈りと感謝がこめられています。そしてそれは今でも各地で執り行われ、私たちの命をつないでいるのです。

また、日本に残る多くの農耕儀礼は、私たち日本人の遺伝子の中に「生かされている」という感謝と謙虚さを伝えていると思います。何事にも感謝できる心は豊かさを生みます。それは決してかたちあるものばかりではないかもしれませんが、心の豊かさは見えない力となってまわりへ伝わっていくのです。
 さらに、第二部では私が好きな日本語の美しい言葉をご紹介しています。その言葉の美しい意味を生きること。美しい日本の風習を心に取り戻し、美しい日本の言葉を思い出し、日々の生活を送るようになれば何かが変わるかもしれない。そんな期待に胸がふるえるのです。

目次

まえがき

一月 初日の出  
二月 立春大吉  
三月 魔除けの霊樹  
四月 佐保姫舞う  
五月 薬狩り
六月 田の祈り  
七月 朝花摘み  
八月 お盆さま  
九月 金の月 銀の月  
十月 天地の恵み
十一月 久米舞  
十二月 一陽来復

美しい日本の言の葉
あとがき
歳時記さくいん

著者からのメッセージ

作詞という言葉を扱う仕事をするようになって三十年近い年月が経ちます。時を重ねるにつれ、言葉、特に日本語の美しさと奥深さ、繊細さに心を打たれ、そしてあまりにも知らないことが多すぎることに驚愕しました。と同時に、私たちはいつの世代からこんなに日本語から遠ざかってしまったのだろうかと、半ば悲しい気持ちにもなりました。

言葉にその言葉の魂が宿っている。日本語は、その特徴から言霊が宿りやすい言語だそうです。ですから、私たちは言葉を交わしていると同時に、その魂をも伝え合っているのです。だとしたら、その言葉の意味を大切にしながら伝え合うのがいいのではないか。意識して言葉を使うことにより、その言葉の持つエネルギーは拡がっていくのではないか。こんな思いから、「こころ歳時記」の第二部に「美しい日本の言の葉」を収録しました。

日本の美しさ、日本人の丁寧な生き方。精神性。古来、日本人はあらゆる自然の中に神を見いだして生活してきました。花が咲いて散っていく。私たちの先人たちは、そのときどきの花の美しさを愛でつつ、そこに人の人生を重ね合わせ、その花の美しさを心に響かせてきました。そして、たとえば「桜の花は散り際が美しい」という日本独特の美意識を持つに至りました。散っていく桜の花の美しさのように、人の散り際にも美しさを見いだしたのです。散っていく花を美しいと思う感性は、世界の中でも日本だけだそうです。

年中行事は、自然の流れの中でその多くが神事として執り行われてきました。そこには祈りがあり、感謝があります。それは生かされているこの命を喜ぶことでもあります。自然のリズムを、現代を生きる私たちの中に取り戻していきたい。そして、日本語の持つ美しい言霊を大切にしていきたい。そのような思いから「こころ歳時記」を書くに至りました。私たちが新しいチャレンジをするというよりも、本来あるべき場所へあるべき姿で戻っていく、ということなのかもしれません。

そこにあるのは形のないものかもしれません。でも、日本を大切にし、日本語を大切にすることは、私たちの中に流れている、忘れていた豊かさを取り戻すことでもあるのです。日本人が日本を大切にできたとき、私は何かが変わると信じています。
 まだまだほんの一部しかご紹介できませんが、「こころ歳時記」が多くの人のもとに届き、自然の懐の中で生かされていること、そしてこれまで知らなかった日本、日本語の深さを少しでも感じていただけたら幸いです。
(「あとがき」より)