商品詳細

生きるための哲学 【数量限定サイン本】

生きるための哲学 【数量限定サイン本】

紙の書籍
価格: 1,512円(税込)
  • 発売日2012.5.13
  • ISBN978-4-7993-1166-0
  • ページ数128P

商品概要

ソクラテス、仏陀からアラン、ヴィトゲンシュタインまで、哲学はわたしたちが生きるためにどう使えるのか?

商品説明

ディスカヴァー Web サイト限定、白取春彦さんのサイン本 です。数量限定なのでお早めにお求めください。
※ サインは手描きのため、画像と異なる場合があります。



哲学や思想と呼ばれるものは、私たちの日常からかけ離れた存在ではない。この一瞬一瞬を生きるために役立てるべきものなのだ。

100万部を突破した『超訳ニーチェの言葉』を世におくった白取春彦が、ソクラテスやアリストテレスなど古代ギリシャの哲学者から、仏教・キリスト教・イスラム教などの宗教、パスカル、ショーペンハウアー、ニーチェ、アラン、ヴィトゲンシュタイン、メルロ=ポンティほか現代に至る哲学者まで、古今東西のあらゆる思想を見渡し、その中から「生きる知恵」をつかみ出した!

どう考え、どう行動し、どう人と関わるか。本書には生きるために真に役立つヒントがきらめいている。

目次

1. 幸福は現実の中にのみ存在する
2. 「強く生きる」とはどういうことか
3. 「自分の仕事」を見つける
4. 自分の人生を採点しない
5. 運命を決めるもの
6. 人は何のために生きているのか
7. 幸せになる一つの方法
8. この世界すべてを理解することなどできない
9. 考えは言葉や行動にしなければ存在しない
10.願いを実現する確かな方法
11.「わからない」ままでいること
12.「心」は本当にあるのか
13.心と体は別物ではない
14.言葉にできない世界が存在する
15.相手の見ているものが見えているか
16.自分の中の「野生」を知る
17.相手を本当に理解するために

著者からのメッセージ

私は、仕事とはまったく関係がなく、単純に自分自身の興味と楽しみから哲学関連の書籍を読む。
お勉強するのではなく、無音の場所で、あるいはジャズを聴きながら、赤い革を張ったソファの上で漫然と頁を繰るのである。

すると、やがて凪いだ夜の海に静かに漕ぎ出したボートのオールの先に夜光虫がきらめくように、頭の中に数々の星々が輝く。
それは一種のインスパイアの萌芽なのだろうが、そのときの刺戟感覚が好きなのだ。たとえば、こんなふうな文章に遭遇するときにそれが起こる。
「顔は、からだの魂である」(丘沢静也訳)
「どんな言葉でもそれぞれのにおいを持つ。そして、におい同士の調和、不調和があるように、言葉同士にもそれがある」(中島義生訳)
「人は星をわがものにしようと思わない。星の美しさを喜ぶだけだ」(金森誠也訳)
「未知の動物を観察しても、こうした動物の中で働き、支配している法則は理解できないのと同じように、セザンヌを見知っていた人々の証言は、彼が出来事や経験に加えた変容を見ぬいていない」(中山元訳)
「わずかなことがわれわれをなぐさめるのは、わずかなことがわれわれをなやますからである」(由木康訳)

これらの文章の原語は外国語だが、翻訳されても詩的表現の美しさがある。ということは、内容そのものに美しさと意味が充溢しているということだろう。
ちなみに、種田山頭火の有名な自由律俳句「まっすぐな 道で さみしい」は、英語圏では「This straight road, full of loneliness.」と訳されているのだが、私はこの英訳のほうが瑞々しい感じが日本語よりも強く浮き立っていると思う。

言葉というものは、漫然と文法通りに使っていても、美しくはならないし力を持たない。つまり、人の耳をかすめはするが、人の心に入らない。
人の心に入り、その人になにがしかを考えさせ、その人の人生を少しでも変えていくような言葉は、練りに練られた思考、あるいは深い人生経験、あるいは深い孤独と深い愛を知ってきた人の筆から出てくるものではないだろうか。
そういう言葉が詩集よりも哲学関連書に多く散見されるので、私は自分へのある種の慰みとして読むのである。
吐露してしまえば、私は哲学書を思考と人生経験の芸術だと思っている。論理の正確さだの思考体系だの真理の探究ではないと思っている。
なぜならば、論理的に正しいだの誤っているだのは数学のような人工的な次元でしか意味を持たないと考えるからである。
人生について考えることは、重要度において論理のような人工的なものをはるかに越えた事柄ではないだろうか。
もし、人の生き方を論理と効率性で考えてしまうのならば、結局のところは経済的損得勘定になってしまうだろう。そんな味気ない人生を、私個人は人生と呼びたくない。

この世にはうんざりするほど多くの書物があり、哲学書も一生読んでも読みきれないほどではないかと危惧するほど多い。
そのすべてが素晴らしいわけではない。有名な古典だけれど、どうしようもないほどくだらない哲学書もある。反対に、小さいけれども素敵な哲学書もある。

本書はその中のごく一部をひとつまみだけ借りてきて、わたしたちの生き方にからめてなにがしか書いてみたものだ。
もうすこし勇気を出して言ってしまえば、わたしたちが生きるにあたって何かの助けになるようなヒントの種を埋めたものだ。
 たぶん、ここに書かれていることは、ふつうの生活をしていて聞くこともなかった発想や考え方かもしれない。しかしそれは一般的ではないという意味ではなく、わたしたちの一人ひとりになんらかの新しい味覚のインスパイアと洞察力を与えるだろう。
そのために、この前書きを通じて、私が読者に望むのはたった一つのことだ。

と記して、最後の一行を書こうと思ったら、フラノのよれよれのジャケットばかり着ていたあのヴィトゲンシュタインがすでに一九四七年の春にメモしてあった。それを代わりに引用しておく。
「文章は、正しいテンポで読むときだけ、理解することができる。私の文章は、すべてゆっくりと読まれるべきだ」(丘沢静也訳)
(「はじめに」より)